まとめ

  • 黒子のバスケ陳述に対する意見は主に二つで「度を越した内罰傾向を除けば論理的、客観的な自己分析ができ る聡明な人物に見える」というものと「 本人は本心を言ってるつもりだろうし実際そうだが、既にそこにおいて自己欺瞞の塊だからまともに取り合ってはいけない。そういう種類の人間」と言うもの。

    黒子のバスケ陳述はネット上の「いいからさっさと死ね」とかそういう思考放棄の考え方から逃れて真剣に話 し合っていい議題だと思う。これはエンタメにもなるし、社会学にもなるし、恐らく哲学とかそういう方向の話にもなる。国家が人間をどう内包するかという意 味では政治的な側面もある。

  • 黒バスさんは自己欺瞞を積み重ねることでどうにか生きていたことも知ってると思う。現に自分で書いてる。 自分で聡明に綴ることに溺れて自己陶酔してた時期も確かにあったと思うけど、多分その虚しさにも気づいてしまってる。でも自分から主体的に死ぬことができ なかったという事実だけが伸し掛かってた

    黒バス陳述文章を読んでそこに一片の希望もないことにぞっとしてる。心のどこかでは、誰かが救ってくれる とか、こんだけ目立てば何かしら今よりよくなるかもしれないとか、そういう気持ちが湧くのが普通だと思うけど、あの言葉の中にはそういう仄かな期待も含め て全く何もない。


  • 自分は刑務所も死刑も怖くない。ネット中毒だったけどそのネットを含めた娯楽にすら未練はない。なぜな ら、自分はずっと死にたかったから。気付けば自己欺瞞を積み重ねてどうにか生存している自分をメタ視点の自分が救えないと感じてた。だから死を与えてくれ るならそれは本望だ。こういうことだろう。

    彼には知性もあるし、ユーモアもある。恐らくネットに入れ込んでその中で自分の居場所を得ようと画策した時期もあったと思う。でも周りには血の通った誰もいないという事実が、全能感も知性と言った自己肯定感を全て冷え込ませる。


  • 黒バス陳述は社会に色々なものを投げかけた。そして残念なことにそれは犯罪者としてのインパクトを持って してはじめて僕らに届いた。彼は公の場で自分が主体的に生きることはあり得ないと宣言してしまった。そう宣言を出すことでようやく絞り出せる本音だったの だと思う。この事実は重い。

  • 彼は常にネットを気にしていたという人もいるけど、他に人がいなかったんだからネットを気にするしかな かったという方が適切だろう。そこ以外に人間と関わる場がなかったんだから。彼ほどの人はいないにしても、社会に認められていないと感じる人の多くは、突 き詰めると彼のような気持ちを持つと思う。

  • 黒バスさんが自分の気持ちを本心で言えたのは陳述の最後「いいから早く死なせてくれ」という言葉だけだと 思う。どうしても生きてしまう自分に向けた怒りのようなもの。その他は死にたいのに生きてしまう生活の中で培われた考えで、社会の役に立つために社会のク ズを裁くモデルになるという社会性だろう

  • 死ぬ死ぬ言ってる奴は死なないし所詮かまってちゃんなんだよってコメントも散見されたけど、むしろそう だったら本当に良かったのにと思う。彼の場合は本当に死にたいけど死ねないという事実に熱心に向き合い続けた結果に見える。彼の言葉は演説であり、他の意 見を全く必要としていない。そこまで来てる

  • 黒バスさんは死ぬという事に熱心になりすぎた人なんだと思う。面白いクリエイターになる素養は合ったよう に思うけど、結局一番したいことにしか力を注げないから、彼が死以外に創造的になることはなかったかもしれない。それを変えるのが人との出会いなんだけ ど、彼の頭の中を解す人は現れなかった。

  • 黒バスさんを擁護する気は全くないけど、こういう人は新しい価値を社会に提供できる可能性を持った人だっ たと思うんだよね。それが開花するかどうはまた別の話だけど、少なくとも今回のような方法で花開かせてしまったのは個人の理由に拠る所だけじゃないと思う んだよ。勿体ないよね。