• yukari
    昨日までぎりぎりいっぱいのところで仕事をしていたので(まだ終わってないけど)、気になりながらまったくレスできないでいた、竹熊さんの提起している、「日本マンガは5~10年以内に左開き横書きの『世界標準』に移行すべき」という提案に対して、いくつか考えを示しておきたいと思います。

  • この問題に対して、togetterなどを拾い読みすると、的を得た発言もたくさんあります。
    いくつか拾いたいところですが、その時間もないので、要点だけ。基本的に、先週申し上げた通り「基本、全員が」移行すべきという提案には賛成しません。

  • 理由は、世界中のマンガ市場をすべて合わせたより日本1国 のマンガ市場が同等か大きい。なのに、国によってそれぞれ条件が違う他国の表現形式を優先する理由はない。日本マンガは右開き縦書きを基本に、視線誘導そ の他、高度な発展をしてきており、それを強制的に捨てさせるだけのメリットはない

  • しかしもちろん、国内市場とはべつに、最初から海外向け市場を意識した、左開き横書きの漫画は存在しうるし、それを積極的に開発していくということには賛成する。現にそういう作家・出版社はいるし、おそらくそれは、WEBや電子出版と相性がいい。しかし全員に横書き左綴じを強制するのは違う。

  • これらの意見は「日本的な表現を守ろう」というスタンスからのものではなく、むしろ、ここ数年、世界中の様々な国へ赴いて現地の取材をして、海外への日本マンガ拡大の具体的な可能性を探ろうとしてきた上での意見です。各国の数字はできるかぎり押さえていますし、『天漫』もすでに持っています。

  • 要するに、日本マンガの市場を海外に拡大するための要点は、綴じの方向や読みの方向の問題ではないということです。北米ではむしろ現地の流通に合わせて左綴じ・横書きで売っていた間は売れず、右開き縦書きで安価に売り出してから爆発的に市場が伸びました。もちろん値段も大きいがそれだけではない。

  • 「右開き縦書き」というその珍しさが、北米の若い層に受けた、ということがあります。「ぼくたちは、大人 がわからないものを読んでいる。開きまで逆なんだぜ」という感覚です。それと日本マンガの読者層が思春期の少年少女であるということがマッチングした。逆 に北米でも大人向けは今でも左開きです。

  • 要するに読者層に合わせたローカライズの選択が必要だ、ということですが、ただ、「マンガを右開きのままで出す」戦略には限界はあります。それは、それが基本的に、若い層・オタク層を狙った戦略だ、ということです。そして、ここが大事なのですが、北米で「マンガはマイナーなもの」なのです。

    北米では、アメコミも含めて、マンガ(アメコミ含む)を読む人は基本的にオタクです。これは日本とは決定的に違います。だから人口は日本の2倍いるのに、マンガ市場はせいぜい10分の1から15分の1程度なのです。そして欧米では、フランス以外のほとんどの国で「マンガを読む人はマイナー」です。

  • 私が世界市場を調べ始めた時、最初に悟ったのは、「海外のマンガ市場は驚くほど小さい」ということです。私も最初、竹熊さんと同じように、「海外には広大な市場がある」と思っていました。でも違った。「世界のマンガ市場をすべてあわせたより日本一国の方が大きい」これを知ると、見方が変わります。

  • だから海外でマンガ市場を拡大するには、マンガに親しむ人の層からそもそも広げなくてはならない、でも唯一、一定の年代以降とはいえ、若い世代の「一部だけ」ではなく世代全体がマンガに親しみ、オタク的でないマンガの捉え方をしている国があります。しかも人口がおそろしく大きい。そう、中国です。

  • 中国はだからこそ「日本動漫」の力を脅威と感じ、その輸入を厳しく制限して(日本のアニメ放映は、17 時~21時の間は全面禁止。マンガ翻訳は正式には年間5タイトルしか許可されない)、国産のアニメやマンガの振興に莫大な予算をつぎ込んできました。中国 ではアニメが圧倒的に優位ではありますが。

  • だから私は、中国にこそ可能性がある、クール・ジャパンというのなら、市場が小さい欧米に目を向けるのではなく、日本政府が中国政府と交渉して規制を緩和してくれればいいのに、とずっと思ってきましたが、それはなかなか実現されないし、むしろ動漫は中国のネットに海賊版があふれている。

  • だから、日本の出版社が数年前から中国で、中国側との合弁会社を作ることで、中国市場向けのマンガ出版を 始めたことは、きわめて当然の選択だと思います。この先鞭をつけたのは小学館で、角川と講談社がそれに続く形です。小学館の『龍漫』と『龍漫少年』は中国 で安定した売れ行きを示しています。

  • 『龍漫』はコロコロコミック、『龍漫少年』はサンデーのコンテンツが主ですが、現地の作家の作品もいくつ か載っています。これらの作品は右開きです。対して角川の『天漫』が新しいのは、巻末のエヴァ以外はすべて現地の作家さんを採用していることです。これは 私もちょっと意外でした。

  • 現在、中国のマンガ雑誌で一番売れているのは『 知音漫客』(海賊版マンガの4ページが1頁というとんでもない形式+カラー。国家から多額の資金援助があるらしい)ついで『漫友』のようです。しかし、こ れらが売れているのは「左開き」だから、ではないと思います。単行本は日本マンガ人気が圧倒的。

    現在でも中国や韓国では、絵に関しては日本マンガと遜色ない…というかむしろうまいくらいの作品は単行本で多数出ています。全部左開きです。それは欧米でもアジアでもかなり翻訳されて並んでいますが、今のところそれらの作品が日本マンガを凌駕するという方向にはありません。問題は綴じではない。


  • 海外を回っていて、「日本はこうだが、韓国はこうなので、韓国の方がはるかにやりやすい」と言われることはたびたびあります。右綴じ左綴じの問題ではありません。「日本の出版社は許可への対応が遅すぎる」この一点です。細かいことでもいちいち許可が必要といい、しかも許可を求めても返事がない」。

  • 日本の出版社の海外対応には確かに問題があります。「許可してやっている」という態度がみえ、「買いやすいようにしよう」積極的な姿勢がない。そこは改善されるべき。この問題は切実。「
    漫画を世界で売ろうとしてる人たちに日本が何をしてきたか」
  • 「 漫画を世界で売ろうとしてる人たちに日本が何をしてきたか」
    ここで指摘されていることは、私が海外の出版社やイベント主催者から聞いている日本の対応の問題点と一致します。日本マンガを海外で売るためには、この方がよっぽど重大な問題。

  • もう一つ、重要なのは、電子海賊版=スキャンレーションの問題です。海外で日本マンガを勝手に翻訳して違法アップロードしてタダで読ませる。ファンが手作りでやっていた時はまだよかったのですが、現在ではネットで自動収集してサイトで広告料を取るなど組織犯罪的になっていて、しかし対処できない。

  • 翻訳字幕を入れて違法アップロードしたアニメの電子海賊版をファンサブといいますが、こちらの被害も深 刻。竹熊さんは、北米のマンガ半減の理由はアニメに取って代わられたせいだといいますが、私が知る限り、そんな事実はありません。ともにネットでタダで見 れることによって売上が激減している。

  • スキャンレーションの問題に関しては、かつて私がつぶやいたのをまとめてくださっていますので、そちらをご参照ください。
  • まとめると、現時点で海外市場は日本人が思っているほど大 きくない。日本のような位置づけで国民全体がとくに意識せずにマンガを読んでいる国は他にないから。「一部の人しか読まない」マンガを、国外から、その国 の広い層が読むものにしていくのは難しい。「マニア」層にはむしろ右綴じが受ける。

  • ただ、中国は、マンガを読む層が若い人の「一部」ではなく「全体」と言える数少ない国の一つで、かつ人口が突出して多い。日本のマンガが海外拡大できるとすれば中国が一番可能性が高い。もし中国でこの先、市場が爆発的に拡大すれば、最初から中国市場を狙って横書き左綴じで描く作家も出てくるかも。




 藤本由香里

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